バイオフィリックデザインとそれに適した床材
2025.1.6
「バイオフィリア」や「バイオフィリック」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。あるいは「オフィス緑化」のほうが耳馴染みがあるかもしれません。2019年頃から広がった働き方改革やコロナ禍でワークスタイルの多様化が進み、就業意識の変化に伴ってオフィス環境についてもさまざまな変化が見られます。
バイオフィリックデザイン(Biophilic Design)とは、人間は自然と深く結びついているという考えに基づき、自然要素をインテリアに取り入れるアプローチです。「バイオフィリア」とは、1984年にエドワード・O.ウィルソンが提唱したもので、人と自然の本質的な関係を説明するととともに、自然とのつながりが人間の精神的・肉体的健康や創造性、生産性を向上させるという科学的な研究に裏付けられています。自宅に緑を置くように、オフィスにも緑を、自然を、というわけです。フレキシブルな働き方やワークライフバランスを重視する、近年ではウェルビーイングへの関心の高まりとともに注目されているのが「バイオフィリックデザイン」です。今回は、バイオフィリックデザインを構成する要素、メリットや実際のオフィスへの導入例などをご紹介します。
バイオフィリックデザインの要素
ホームインテリアにグリーンが欠かせない要素となったいま、一日の大半を過ごすオフィスにもそれを取り入れようとするのはまさに自然な流れです。わかりやすく代表的なものは、植物、光、水、動物など、自然そのものをオフィス空間に取り入れること。リアル/フェイクを問わずグリーンを置く、自然光を取り入れる、屋内庭園を配置するなどして自然と直接触れ合うスペースを設けます。
直接取り入れるのが難しい場合は、自然を模したデザインや素材を使用することで充分に演出できます。木、石材、麻などの天然素材を用いた什器や家具類、カフェスペースのあるオフィスなら、部分的にソファやラグなどのファブリックで取り入れるのもいいでしょう。
そのほか、自然にあるパターンや形状を模倣することで、心理的な安心感を与えるデザインもバイオフィリックデザインです。葉や岩などの形状を模した家具の配置、波や木々や自然を想起させるパターンの壁紙やウォールアートなども。設計上では、外の自然景観と室内をつなげることや、窓から見える風景を活かす、あるいはオフィスの執務スペースから公園や庭を眺めることができるレイアウトなどが当てはまります。
床材のような視覚的情報の多い部分には木質系のフローリングを施工するか、メンテナンスや工賃の関係などで難しい場合は、似たデザインのフローリングを施工することも効果があります。
バイオフィリックデザインの効果
1)幸福度、生産性、創造性の向上
バイオフィリックデザインの導入効果については、ロバートソン・クーパー社の研究結果がよく知られています。オフィスにいながら植物や自然光など自然を感じられる要素が身近にある環境は、そうでない環境に比べて、幸福度が15%、生産性が6%、創造性が15%高くなるというもので、職場におけるバイオフィリックデザインが従業員のストレスを軽減し、ウェルビーイングに大きな影響を与えることを示しています。(出典:Human Spaces: 世界中の職場における、バイオフィリックデザインが与える影響)
冬でも太陽光が明るく降り注ぐ日本の太平洋側エリアに住んでいると信じられないかもしれませんが、上述の研究では、欧米、アジア、オセアニアなど世界16カ国の調査対象国のうち、イギリスで66%、アメリカで64%の回答者がオフィスに自然光が入らないと回答しています。さらに、働く人がオフィスに求めるデザイン要素として「自然光」が上位に挙がっているのです。出社すれば一日の大半を過ごすことになるオフィス室内ですから、無機的で硬質な空間ではなく、あたたかな太陽光やグリーンに囲まれたいというのはそれこそ自然な欲求と言えるでしょう。
2)身体的、精神的な健康の促進
EAP(Employee Assistance Program:おもにメンタルヘルス不調の従業員を支援するプログラム)(参考:EAP / 社員支援プログラム(厚生労働省))という考えが日本でも広まりつつあり、身体的な健康のみならず、職場におけるメンタルヘルスケアの重要性は年々増しています。例えば、水が流れる音や鳥のさえずりといった自然音が何気なく流れているようなバイオフィリックデザインを取り入れることで、リラックス効果が期待できますし、グリーンに囲まれた開放的で自由度の高いエリアで雑談からイノベーションに発展したり、コミュニケーションが活性化されてチームへの帰属意識が高まるなど、組織にとっても多くのメリットがあります。
身体的には、自然光を十分に取り入れることで、ビタミンDの生成が促進され、免疫力が向上します。また、植物は空気清浄効果もあるため、室内の空気をクリーンにしたり、従業員にはリフレッシュや気分転換をサポートします。
3)転職者やステークホルダーにとって魅力的な要因
上述した研究によると、調査回答者の3分の1(33%)が、オフィスデザインがその会社で働くかどうかの意思決定に影響を及ぼす、と答えています。同報告書には、10年以上前にアメリカで実施されたある調査では、転職の際に魅力要因としてオフィスの環境を挙げた人は22%だったところ、今回の調査では5ポイント上昇して27%に、そして世界的には33%に上ったというのです。画一的で無彩色が一般的であったオフィス環境に変化の波が押し寄せていることが、この結果からもうかがえます。
コロナ禍以降、在宅ワークやハイブリッドワークが浸透してきたこともあり、一部オフィスではフリーアドレス制の導入が進みました。決められた一箇所のデスクに縛られず、気分や業務に応じて執務スペースを変えられるようなオフィススタイルが増えています。体と心をリフレッシュするリラクゼーションスペースやカフェテリアのような取り入れやすいものから、一面にグリーンを配するような大胆なものまで、バイオフィリックデザインはオフィスの印象を大きく左右するデザイン要素となり得ます。
また、バイオフィリックデザインを取り入れ、そこで働く従業員や環境に配慮する姿勢は、企業のイメージアップやステークホルダーへのアピールにおいても大きな役割を果たすでしょう。
実際のバイオフィリックデザインの事例
バイオフィリックデザインを実践している企業や店舗例をいくつかご紹介します。
1)Amazon シアトル本社(The Spheres)(参考:Seattle Spheres)
米Amazonがシアトル本社前に建設した4つの大型ドーム「The Spheres」には、世界中から集められた4万本以上の木や植物が生い茂り、従業員にはワークスペースとして開放されています。従業員は自然の中で働くことでリラックスしながら業務に取り組むことができます。
2)Apple各店舗
アップルストアといえば、ファサードの大きな一面のガラス窓が特徴ですが、サンフランシスコのユニオンスクエアストアでは店内に本物の木が設置されています。同じく2017年オープンのシカゴ、2018年オープンのシンガポールストアでも店内に木を配置しており、各店舗でバイオフォリックデザインを導入しています。
3)スターバックスコーヒー表参道ヒルズ店(参考:スターバックスコーヒー表参道ヒルズ店)
小売店舗では、スターバックスコーヒーが2019年にオープンした表参道ヒルズ店で、青山フラワーマーケットを運営するパーク・コーポレーションの空間デザイン事業部パーカーズとコラボレーションし、初めてバイオフィリックデザインを取り入れた店舗をオープンしています。一息つこうと訪れるカフェに求められる空間の性質と、リラクゼーション効果の高いバイオフィリアは相性がいいことが想像できます。また、空間の植物のメンテナンスにはパーカーズの専門チームがあたっています。
4)大和ハウスグループ / みらい価値共創センター(コトクリエ)BiophilicSTUDIO(研修室)(参考:コトクリエ|大和ハウス工業)
大和ハウス工業が2021年に竣工した「みらい価値共創センター」にある研修スペースBiophilic STUDIOには、水のモニュメントや植栽、ハイレゾ自然音、アロマが導入されています。特にハイレゾ自然音は、「虫の鳴き声・鳥のさえずり・川のせせらぎ」と数種の異なる音で構成されており、吉野の森で収音した実際の音がベースとなっているこだわりぶり。社内のみならず、地元の課外授業などで使用されることもあり、外来者にとっても魅力的な空間となっているようです。
5)恵比寿ガーデンプレイス/株式会社イシカワオフィス
渋谷区ガーデンプレイス内に居を構える株式会社イシカワのオフィスにも、バイオフィリックデザインに則った施工がなされています。社員のランチや休憩に用いることのできるスペースからは雄大な眺望、そして床には観葉植物に適したドイツ製のオレフィンフロアを敷設、温かい踏み心地を演出しています。
バイオフィリックデザインの課題とこれから
日本でも広まりを見せ、世界的なトレンドとなっているバイオフィリックデザインには、いくつかの課題も存在します。最も大きな課題はコストです。自然を活かした設計や植物の設置というイニシャルコストに加え、定期的なメンテナンスには普遍的なオフィスを設えるよりも多くのランニングコストが必要となります。
特に、原状復帰が必要なオフィスでは床材選びは苦戦するところ。ドイツ製のクリックフロアであれば釘・ノリを使わず施工可能なため、下床の上に敷設可能、退去時にもすぐに撤去可能なため気軽にバイオフィリックなインテリアが楽しめます。